MONOLOGUE

書店は物語の交差点 〜書き手と読み手をつなぐ、個性派書店の想い〜

「本が読まれなくなった」の幻想

古くから、叡智の結集としての役割を果たしてきた本。私たちの暮らしの中で、良質な本は当たり前に読み継がれ、あるいは繰り返し読まれ、道を切り開く相棒のような存在として親しまれてきました。

昨今では「本が読まれなくなった」と耳にすることも増えましたが、本当にそうでしょうか。

良い本に出会い、感動したい。
本を読む自分でいたい。

それは多かれ少なかれ、大人なら誰もが抱く普遍的な願望だと思うのです。

むしろ、新しいメディアが生まれては消えていく、その対極で、より色濃くなっているのではないでしょうか。

人と本との関わり方は、デジタル化の流れの中で変化しつつあることは言うまでもありません。

注文はワンクリック、翌日には自宅に届きます。あっという間に読了してしまって、まさに「消費した」という感覚を覚えることさえあるものです。

知り合いの編集者が、こうこぼしていたのをふと思い出しました。

「難しい本は売れないんです。そうなると、なるべく誰もが読みやすいもの、手に取る人が多いジャンルの本をつくらざるを得ないけれど『いい本=売れる本』ではないと分かっている自分もどこかにいるんです。ジレンマですね・・・」

出版不況といわれる昨今ですが、一方で新たな挑戦を始める書店も増えています。

本当にいい本を、求めてくれる人に届けたい。

そんな想いで本との関わり方を提案している「街の個性派書店」の存在は、書き手と読み手の双方にとって、大いなる希望であるように感じてなりません。

今回のコラムではその中でも象徴的な取り組みをする2店をご紹介します。

SDGsの視点から選書、本を「共通資産」に

鎌倉山の自然のなか、ブックカフェ「惣 common」はオープンしました。2021年5月のことです。

店のシンボルとも言える藍色の暖簾に、美しく配された「鎌倉山の 本と コーヒーを」の文字。風が吹くたびその先の空間が垣間見え、期待に胸が高鳴ります。中に入らなくとも居心地の良さを確信してしまう、そんな佇まいなのです。

最も注目に値するのは、お店の「仕組み」です。

本は、新書と古書を区別することなく定価で販売しています。読み込みたい本はその場で購入できますし、購入したものの自宅の本棚に永久保存するほどでもなかった場合は、持参すれば定価の7掛けで買取ってもらうこともできます。

捨てられる本や個人宅に眠る本をできるだけ減らしたい、という想いから生まれた仕組みで、まさに本が共通資産(=common)として扱われているのです。

ブックディレクターの 幅允孝 氏によって選ばれた蔵書にも大きな特徴がありました。

一般書店に平積みされるような「売れ筋」とは一線を画し、SDGsを切り口に、地球の環境や暮らしの持続性を意識した本が並んでいます。そのためか、新たな本との出会いを求めて訪れる人も多いといいます。

「惣common」が提案する本との関わり方。それは決して押し付けではなく、心地いい空間で、知的資産の扱いを顧みるきっかけをそっと手渡してくれるものでした。

ここでは本を読み、お茶をしながら、心地よいひとときを過ごすことができます。大切な人と語り合うもよし、本を通して自分と対話するもよし。訪れた人が本を片手に、思い思いに寛いでいる姿が印象的でした。


出版社の一角が書店に、詩集ファンが集う店

七月堂古書部」という、印象的な名の本屋さんがあります。世田谷区豪徳寺の住宅地を歩くうち、忽然と現れる小さな書店で、詩集を中心に扱っています。窓格子に飾られたステンドグラス、飴色の振り子時計。そこにあるすべてが、ふと懐かしくなるような時の流れを醸し出しています。

扱われているのは、新書と古書が半々、といったところでしょうか。詩集のほか、純文学とそのオマージュ作品、写真集や美術書、児童書なども並んでいます。

もともとは、詩集の出版社だったそうです。1973年の創業以来良質な詩集を出版してきたなか、あるときから事務所の片脇に本棚を置いて、自社作品を売り始めたといいます。

「詩集というのはとても地味なジャンルです。手に取ってくださる方も限られているので、大型書店では奥の方に棚割され、どうしても埋もれてしまうんですよね。他の本に比べて回転しないので、返本が多いのが悩みでした。せっかくつくった本を求めてくれる方にもっと丁寧に届けたいよね、じゃあ自分達で売ってみようか、とラック1本から始めたんです」

書店員の森田さんは微笑みます。

来店客と書店員が、対話を楽しむ姿も印象的でした。おすすめの本を尋ねるお客さまに対して、書店員さんは、好きな作家・出身地など聞き、それをヒントに作品を奨めていくのです。そんな血の通ったレファレンスは、この店の名物のようにさえ見えました。

好アクセスとは言いがたい立地ですが、不思議と客足は絶えません。

良いものをつくって自分たちの手で届ける。 七月堂古書部で見たものは、シンプルで本質的な商いの力強さでした。


本と人との、よい関係

本棚というのは、まさに「人」そのものです。並んだ本の佇まいから、持ち主がどんなものが好きで、何を大切にしているのか、ひと目見るだけでわかってしまうものでしょう。

それは、自室の本棚においても同じです。自分の興味が映し出された本棚の前に立つと、自らが歩んできた道が浮かび上がってくるような気がします。その中からふと目に止まった一冊を抜き出し読み返していたら、時が経つのを忘れてしまっていた。なんて、格別なひとときではないでしょうか。

今回ご紹介した2店はいずれも、本を届けることに対する愛情に溢れていました。

書き手と読み手をつなぐことへの真摯な心持ちが、店内のそこここから伝わってくるのです。書店という場所は、もしかしたら物語の交差点なのかもしれません。

書き手の紡いだ物語が、それを手にした人の物語として紡がれていくとしたら。出会いの場となる書店に、ロマンを感じずにはいられません。

本との関係を愛情深いものにしたい。これは!という本に出会える書店に、もっと足を運んでみたい。二つの書店との出会いが、そんな想いに火をつけたのでした。

ご紹介した書店はこちらです。

惣common
住所:神奈川県鎌倉市鎌倉山2-19-31
営業時間:10:00ごろ〜日没
定休日:火・水曜日

七月堂古書部
住所:東京都世田谷区豪徳寺1-2-7
営業時間:11:00〜19:00
定休日:火・水・不定休


Special thanks:石川真理子 先生
執筆のご指導・校正にお力添えをいただきました。