MONOLOGUE
2022年3月25日
「再会」から、動き出す!
春分の日も過ぎ、季節は春本番へ。
桜もこの時を待っていた、と言わんばかりに一気に花ひらきました。私はこの景色の転換が大好きで、街の表情もどこかほころんでいるように見えますが、皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
そんな中、私はというと、この春はひとつの変わり目、節目にいるのを感じています。いくつかのことを終えると決め、感謝とともに手放しましたし、
それと同時に、おぼろげに描いていた「やりたい!」が急に現実味を帯びてくる出来事もあってね。
それが、なんともおもしろい。
入れ替わりとともに、次なる自分への解像度が高まっているのを感じています。これも春というはじまりの季節の成せるワザ、なのかしら?
さて、今日は、そんな私のもとに訪れている「出会い」について。
そこからの思案をこの場を借りて少しシェアさせてくださいね^^
出会い、というと、いわゆる「初めまして」の出会いを想像される方も多いと思うのですが、私が今日お話したいのは違っていまして。
「再会」について、なんです。
「再会」のタイミング
このところ不思議な「再会」が立て続いていて、これがとても趣深いな、と感じています。
どれも独特の流れがあってね、もう10年以上も連絡を取り合うこともなく疎遠になっていた方からお声かけいただきお目にかかることが増えている。
ふいにいただくご連絡がうれしくて、短いやりとりのあとにトントン拍子に会いましょう、と話が進むのだけど、その流れに全く無理がない。
自然な再会がとても心地よいのです。
しかもね、当時何かガッツリ仕事をご一緒したとか、密に関わり合ったとかいうお相手ではなく、同じ組織やコミニュティーにいて気になって横で見ていたよー、くらいのご関係の方とタイミングが合って、再会の機会がやってくるというのがね、実におもしろいな、と。
今、どんなことをしていて、何に夢中になっていて、その背景にはどんなココロがあるのか、みたいなことを宝箱を開けていくように交換し合う感じ。
出会った頃のこと
↓
疎遠だった間のこと
↓
そしてそれを経た今
の順番で話の濃度が増していくのだけど、対話は重苦しくもセンチメンタルでもなく、とても清々しいのです。
お互いの「今」にポンッと入っていってめちゃくちゃ素直に、力まずに、その時を過ごしている、というのかな。
よく考えたらお久しぶりの方と「会う」って、結構なエネルギーが必要ですよね。
今はオンラインも増えているから余計にそう思うのかもしれないけれど、
その時間を調整して、
約束して、
その場に赴いて、
対峙する。
だけど、よい「再会」にはそれをもろともしない、スススーッと物事が運ぶ感じがあって、あぁ、何かが動き出したな。という体感値を心地よく味わうことができるんですよね。
再会がもたらす新たな時の流れ
こういう再会を味わって見て思うのは、関係性っていつも一定の深さでそこにあるわけではないのだなぁ、ということ。
人生におけるある一点で出会って、密ではなくてもそこでよき交わりがあると、心のなかにフラグが立つのだと思います。
それはちょっとした一言かもしれないし、心地よい挨拶や笑顔、みたいな印象のこともあるけれど、気がつかないうちに互いの心のどこかに刻まれていて、必要なタイミングでふっと湧き上がる。
結果再会につながるわけだけれど、時が満ちるのにはおそらく必要な時間ってあって、あるときそれが一気に動いて新しい何かがはじまっていくんですよね。
そして往々にして、いい仕事、ワクワクするお取り組みはそういうところから生まれることも多い。
この躍動感がたまらん!わけですが、それもまた人と人との関係という、とても有機的で手触りのあるものが起点となっていて、
私はどこまでいってもそれを大事にしていきたいのだな、なんて改めて思っています。
人と人が出会い、心を交わす。
その偶然とは思えない関わりあいがたまらなく愛しく思いますし、再会がもたらす新たな時の流れ、そこから始まる物語を思い切り楽しもうと思っています^^
春ですからね。いろんな出会いと別れがあると思います。
初めましても、
お久しぶりも、
きっとステキなはじまりのひとつだと思いますから、お互い楽しみましょうね。
それでは、また書きます!